しなやか(変動)能力観を育てよう

ほめずに共感する

赤ん坊の時は何でも挑戦していた

子どもが、次第に難しそうなことを

避けるようになるのはなぜでしょうか。

アメリカの心理学者キャロル・ドゥエックは

次のような実験をしました。

 

●数百人の子どもに知能検査を

やった後、2つのグループに

分けて検査結果をほめたのです。

一方のグループには「頭がいいね」と

その子の能力をほめ、

もう一方は「よくがんばったね」と

努力をほめました。

すると両グループに差が出始めたのです。

 

能力をほめられた「能力群」の

生徒たちに、次の問題を選ばせると

ボロが出ることを恐れて新しい問題を避け、

努力をほめられた「努力群」の生徒の9割は

新しい問題を選びました。

 

やがて「能力群」の生徒たちの

成績は落ち自信もなくなり、一方、

努力群の方は新しい難問にも

挑戦し続け、成績も上がってきたのです。

知能検査で「能力をほめる」と生徒の知識が

下がり、「努力をほめる」と知能が上がりました。

 さらに後で、検査結果を自己申告させると、

能力群の4割近くが、間違いを恥と感じ、

自分の点数を実際より高めに書いたのです。

(『「やればできる」の研究(Mindset)」

キャロル・ドゥエック著 草思社より抜粋して引用)

 

 自分がボロを出すことを恐れたり、

難しい問題を避けるのは

「生まれつきの能力は変わらない」と

考える「こちこち(固定)能力観」の

持ち主特有の反応だそうです。

 

反対に「能力はどんどん変わる」と

考える「しなやか(変動)能力観」の

持ち主は、失敗を失敗と考えないので

あまり恐れません。

実験から子どもが難しいことを避ける

原因は能力をほめてしまう

大人の関わり方にもあったことがわかります。

 

その結果、子どもの「こちこち能力観」が

育って成績まで下がってしまうのです。

  (こちこち能力観には、自分は頭がいいと

思い込む「うぬぼれ型」と、どうせ私はバカだ

という「あきらめ型」があります。)

さらには青山学院大学の佐伯胖氏は

この「ほめる」報酬型の

学習自体に警告しています。

 

●「報酬型学習でもある程度までは

効率を上げられます。

しかし報酬型では、(報酬に関心が向いてしまい)

内発的な動機付けができず、

数学などの自分で仮説を作る学習で

行き詰まります。

(『らくだ通信』平井雷太著より抜粋して引用)。

 

 子どもたちを、安易にほめることも

問題があるなら、いったいどうしたら

いいのでしょうか。

 

 話は変わりますが、私の主宰する

ベイシック・スタディで学習する子どもたちを

見て、不思議に思ったことがあります。

それは子どもたちが難しい問題も

嫌な顔もせずに取り組んでいることでした。

 

お二人の話を聞いてその理由が

一部わかった気がしました。

それは私が子どもたちの学習が

いくら先に進んでもほめないことです。

私は学習の進度より、学習の姿勢の

方が大切に思っています。

また「ほめる」よりも

「うーん、そうだったんだ」などと

共感する方が自然です。

もし「ほめずに共感」することで、

子どもたちの「しなやか能力観」が

育っているなら、うれしいことです。

 

 

 

 

 

責めずに提案する

こんなことがありました。

学校でトップクラスで中学受験塾にも

通っているAさん(小5)がベイシック・

スタディに入会した時のことです。

 

入会以来、かなりの速さで進んだ

Aさんですが、一年くらいたって、

どこか苦しそうになってきました。

無理に先に進まないように伝えましたが、

ある日、Aさんがこっそりと裏の答えを

写している姿が目に入ったのです。

問題の解答を終えた彼女に聞いてみました。


「苦しい?今まですごい勢いで

 進んでいるけれど」

「うん、きつい」

「そうか。ね、今、先生の前で

 合格できるのはどの教材?」

「えっ?」

「うーん。このあたり」。

だいぶ前に合格した教材です。

 

「今、やれる?」

「いいよ」

 目の前でやると惜しくも不合格。

でもAさんにとっては初めての不合格でした。

 

私はにっこりして

「よかったね。実にベイシックでは教材が

不合格になって初めて一人前なんだよ」。

Aさんは驚いた表情で

「そうだったんだ」。

「宿題はどの教材にする?」

と聞く、さきほどの不合格教材を

選んで帰ったのでした。

 

 次の日、Aさんは教室のドアを開けるなり

大きな声で言いました。

「先生、また不合格だったよ」。

「よかったね」。

 

 おそらくAさんは優秀なため

無意識に「こちこち能力観」の

持ち主となり、不合格な自分は

恥だと受け入れなかったのでしょう。

 

私はそんな自分と向き合っている

Aさんを責めるより、自分を受け入れられる

ような提案ができればと思ったのです。

そして彼女は不合格の自分を受け入れることで、

「こちこち能力観」が「しなやか能力観」に

変わったのだと思います。

 

 ベイシック・スタディの学習や

私の関わりを通して、子どもたちに

「しなやか能力観」が育ってくれると

いいなと思います。

 小学校で「自分は頭がいい」と

勘違いして生まれた私の「こちこち能力観」が

原因で高校から落ちこぼれて苦しんだ私。

そんな私が、ベイシック・スタディという場で、

子どもたちの中に「しなやか能力観」を

育てるお手伝いをしている不思議なご縁。

そして子どもたちに関わっていると

私の中にも「しなやか能力観」が

育っているように思います。

 

*『「やればできる」の研究(Mindset)」では

固定能力観のことを

Fixed Mindset(こちこちマインドセット)、

変動能力観のことを

Growth Mindset(しなやかマインドセット)と

呼んでいます。

 

私は固定能力観/変動能力観という言葉を

使っていましたが表現が固いので、

こちこち能力観/しなやか能力観としました。

中城